高清水の蔵だより
雪降る夜に酛すりの唄3
2020年01月05日
〇楽になった酒造り
特に近年は醸造機械が一般に行き渡った。杉の大桶は琺瑯タンクと変り、わらむしろをかぶせた麹はフランネルを着て寝、一番辛かった水汲み作業は一切ポンプが負担してくれるようになった。醪の温度が上がれば冷温気に氷をぶち込むし、下がればお湯で暖める。温度はメーターを信用して間違いなく日々の分析表をにらんで仕事を進めればまず、昔のような腐造は避けられる。壜詰作業も次第に半自動化になっているので、昔のように樽を洗う苦労もなくなり、酒造りも楽になった。
酒造りが機械化すると共に酒屋特有の酒造り唄もあまり聞かれなくなった。ひとつは作業にリズムを失ったからで、古くは、寒中も素ッ裸で、足で米をといだ。その足の動きに面白い調子があり、それに合わせて米とぎ唄が生まれた。この歌の番数によって米とぎ時間を勘定したが、その威勢のいい歌声は、酒蔵全体に男性的な活気を反響させた。もっとも、寒中のことだから、威勢のいい唄でも歌わなくては冷たくてやりきれなかった。
速醸酛が出来る前は、生酛、山廃酛で、若い衆4、5人ずつで1つの半切桶を囲み、多勢の酛摺り唄が賑やかであった。櫂の調子も面白く、大きなぼたん雪の降る晩など、酒蔵の奥から聞えてくる酛摺り唄には、いかにも酒屋らしいホロ甘い情緒があったが、そういう唄も次第に歌うことが少なくなった。
今年もまた酒造りの季節になった。深夜ひとり蔵回りをして、大きなタンクの中でふつふつとアワ立つ健全な醪の発酵を見ると、ちょうどスヤスヤと健康な寝息を立てて眠る子供の寝顔を、のぞき見るような気がしてならないのである。
前の記事:「雪降る夜に酛すりの唄2」
次の記事:「今日は仕事始め」